私は、私というものがあまりない。
自分というものをもっていないというか。
ガソリンが最近値上がりした。
これについて、あまり関係ないという人と、イヤになっちゃうという人が半々くらい私の周りにはいる。
私は、関係ない派の人と話していると、本当にガソリンなんていくらでもいいと思うけど、高いと感じる派の人と話していると、どこまで上がるのかをちょっと考えたりもする。
そんなどっちでもいい話しだけど、私はいったいどっちの気持ちを持っているのかって考える。
もちろん、ガソリンの話しは例なだけであるけど。
あまり関係ないという人に「最近ちょっと高いね」とわざと話しをしてみても、その人たちは「まぁ、値上がったけど、あんまり気にしないんだよね。」と自分の考えを言う。
高いと感じている人に「そんなに値上がりも気にならなくなってきたね」とあえて話してみると、「いやいやいや、高くて困る」と。
私の話しの逆でも、自分の思いをさらっと言う。
なんてことないんだけど、それがすごいと思う。
私は何に関しても、なんでもいい。
…なんでもいいのかぁと思ったら、自分の存在価値のなさというか、なんというか。
ずっと昔に友達に新宿に呼び出されてカラオケで遠距離恋愛は絶対続かないという意味を込められてホフディランの“遠距離恋愛はつづく”を聞かされた。
なにかあった友達はなにもきかない私に来てほしかったみたいで。
そんなことを思い出した。
これは私を必要とされた瞬間だったかなぁ。
(更新中)